2010年 7月 07日
世界でもっとも美しい建造物のひとつとして知られるタージ・マハルは、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが若死にした妃ムムターズに捧げた巨大な墓であった。
貧乏旅行をしていた頃、タージ・マハルについてこんな風に話す人に何度も出会った。「タージマハールはきれいでしたよ。まさしく写真の通り。そういう意味では、別に行く必要がないかもしれませんね」
4回目の旅で初めてタージ・マハルを訪れる機会があった。たしかにガイドブックの写真と同じだ。それでパチパチ写真を撮ってすぐに興味を失ってしまった。
さらに何年も経って、再びタージ・マハルを訪れることになった。今度はガイドブックの仕事だ。さてどうやって撮ろう。当たり前に撮るだけでは退屈してしまう。まず撮る時間帯を考える。朝と夕、風景写真の基本だ。次に場所。朝の一回は普通に入場することにして(開門は日の出の時間とある)、もう一度朝が使える。地図を見ると、タージ・マハルの裏にはヤムナー川が流れている。対岸から撮れば絵になるんじゃないか。ということで、アグラに着いたその足で川に向かった。
渡しのボートが一隻泊まっている。値段交渉するがひどく高い。相場の5倍ぐらいだ。まあ、完全に独占営業だから仕方ない。いい写真が撮りたければ金を余分に払う必要も当然出てくる。短気を起こして喧嘩したところでいい写真は何も撮れない。迷ったときはメリットとデメリットを整理して天秤にかけ、得するほうを選択する。大陸を長年歩いていると、ドライな考え方が自然と出来るようになる。この日は偵察ついでに夕暮れの写真を撮ってみたが少し空振り気味であった。
次の早朝は普通に入場して写真を撮る。朝の透明な光はやはりタージ・マハルと相性がいいようだ。そして二日後の早朝、ふたたび川に向かう。しかしひとつだけ不安が残る。川に抜ける道はタージ・マハルの脇を通るが、車道ではないから人通りが少なく、そこら辺の野良犬に襲われないかが心配だ。インドにおける撮影の一番の敵はじつは犬だったりする。夜中と暗い早朝の時間帯がもっとも危険で、毎度対策を練るのが厄介だ。
結局犬に吼えられることなく無事に川にたどりついた。やれやれである。ボートもすでに待機している。値段交渉も終わっているからあとは撮るだけ。
早朝の川には北インド特有の霧が薄くかかり、日の出とともに大地が赤く染まった。川の向こうにそびえるタージ・マハルは儚い夢のように美しい。周囲には漁師が一人いるだけで、観光客の姿は皆無だ。こんなに美しい景色をほとんど独り占めだ。僕はすっかりタージ・マハルが好きになった。
余談だが、二年後またタージ・マハルを見に行った。別に用事はなかったが、ちょっとまた見たいなという気になってしまったのだ。写真を撮ってなかったら多分そうはならなかっただろう。
(2010年の最新の情報では、ヤムナーを渡すボートは外国人の乗船を拒否するらしい。アグラの街から遠回りして車で対岸に行く方法もあるようだが、それも禁止されている可能性がある)