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ガンジス川源流域におけるヒマラヤ巡礼(チャールダームヤットラ)の出発点として、様々な人々が交差する街ハリドワール。旅人たちの姿を追った。

 (当ページは、「ハリドワール1(人生の岐路)」の続きです。あわせてご覧いただければと思っています)

ハリドワールはサドゥ(ヨーガ修行者)写真の出発点となる場所であったが、当時はそうした意識はまったくなかった。久しぶりのインド自由旅行の出発点として、デリーに一泊もすることなく、始発のバスに飛び乗りこの街にやってきたのだ。

午後に到着して部屋を確保したあと、食事もとらずに外に飛び出した。真夏の太陽が照りつける中、バザールから河岸へと撮り歩く。ガンガー沿いは巡礼者でいっぱいだ。それぞれが旅の真っ只中を生きている。そして僕もまた久しぶりの旅を始めたばかり。親近感というのかあるいは連帯感というのか、よくは分からないが、何かがひらめいたような気がして、それからは巡礼者たちをひたすら撮った。

四日間の滞在中、対岸の岸辺に陣取る大物サドゥのヨーガを撮らせてもらうような機会はあったものの、撮影の中心はなお巡礼者たちであった。この旅では、その後、二人のサドゥと一緒にヒマラヤを巡礼するようなこともしたが、サドゥ写真を撮っているという意識はまだなくて、ただ、ガンガーを旅するものたちを撮りたい、ということだけを考えていたような気がする。なので、僕が撮ったサドゥ写真は、旅という土壌の上に成り立つものだったと思っている。そういう理由もあり、ハリドワールで撮った写真は自分にとって、とても大切なものである。

上の写真は、行商の人や、この街で仮小屋を結んで暮らしている人もふくめてすべてが旅人である。いつまでも旅気分が抜けない人間にとって、やはり旅暮らしをする人とのほうが気持ちを通じ合わせやすい。いくらインドを長く旅しても、しっかりと地に足をつけて暮らすインド人を僕は知らない、と言ってもいいかもしれない。

不安定にゆらぎつづける旅の風景を撮り続けることが自分にとってのささやかな夢だと思う。もしまたインドで撮ることがあるなら、今度はサドゥであるとか一般巡礼であるとかといった肩書きにこだわることなく、ただ旅するものたちに焦点を当ててみたいと思ったりもする。

最後の写真は、旅人たちの隣にそっと祀られていたシヴァリンガ。シヴァは旅人たちを守護する神でもある。

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