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ナッは、ミャンマーの精霊信仰。仏教が入る前から存在し、今でもかなりの信仰を集めている。ミャンマーで広く信仰されてい上座部仏教では仏教の目的は解脱であり、現世利益を求めてはいけないが、ナッは現世利益を求める宗教だ。タイのピー信仰と似ている。

ミャンマーでは時々騒々しい音楽が流れ出ている一角を発見することがある。お祭りのようでもある。のぞいてみると、そこは陶酔の世界だ。きらびやかな衣装を着て派手な化粧で女装した男が、小屋の中で踊っている。汗まみれの男は恍惚とした表情をしている。その周りを何人もの信者たちがこれまた陶酔状態で手を合わせている。踊っている男に札束を差し出したり、一緒に踊る信者も出てきて、部屋そのものが異次元に入っていく。

踊っている男はナッカドーと呼ばれる霊媒師(シャーマン)で、ナッの神様が彼の体に憑移する。ナッカドーとは「ナッの妻」という意味だ。元々、女がナッカドーをやっていたらしい。それがいつのまにか男が女装をしてナッカドーをやるようになった。ナッカドーに憑移したナッの神様が信者たちの望みをかなえてくれるらしい。

ミャンマーで信仰されている上座部仏教では、現世利益を求めてはいけないことになっている。家内安全も無病息災も合格祈願も安産祈願もだめである。お守りなんてもってのほか。あくまでも、解脱を求めるのがミャンマーの仏教だ。でも、欲望を捨てきれないのが人間、そこでナッの登場となる。ナッは人間の欲望を何でも聞いてくれるのだ。都市部のほうがナッ信仰が盛んということは、都市の人間のほうが欲望が深いのだろう。

ナッのお祭りはいろいろあるが、一番規模の大きなものが毎年8月にマンダレー近くのタウンビョンで行われる祭りだ。いつもは静かな村であるが、この祭りの時期は全てが一変する。村の近くに小屋がたくさん建ち、それぞれの小屋でナッカドーたちが踊っている。小屋の中は熱気でムンムンだ。小屋の外も雑踏状態で、ナッカドーたちがシミーズ姿で歩いていたりしる。さすが、年1回のオカマの同窓会などと言われているだけある。この地域一帯がざわめいていて、ミャンマーではないみたいだ。でも、同じ人がパゴダへ行くと静かに祈る。

小屋の中でずっと写真を撮っていると、自分自身そわそわして踊りたくなるような気分になってくる。これは危ない。自分も一緒に踊ってトランス状態になれば傑作写真が撮れるのだろうか。それとも駄作になるか。などと頭で考えているうちは、傑作写真は無理だろう。

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